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  古都フェズとマラケシュ(ムラビト王朝)について
この二つの町は互いにほぼモロッコの北と南に位置しており、交通の便の悪い昔には簡単に往来できる距離ではなかった。フェズはイドリス王朝、マラケシュはムラビト王朝の古都として発展してきたのであるが、その間の王朝の歴史については小生は不案内である。

世界にこれほど不思議なそしてエキサイティングな都はあろうか。なるほど華の都パリや花の都フィレンツェは、尽きぬ魅力に満ちており、大好きな都ではあるが、しかし、フェズとマラケシュほどエキサイティングで旅情を誘う町は世界のどこにもないと思われるほどである。単に古くからの都であるばかりではない何かがある。アテネやローマもそうであるが、この二つの古都は現代の西洋社会とは何から何まで完全に違うのである。これほど旅行者に感銘を与える町はないだろうと確信される。

マラケシュから始めよう。車でたどり着いても、バスでCTMと呼ばれるバスターミナルによっても、この町はメディナ(旧市街)と呼ばれる中世からの周囲の城壁で囲まれた(周囲約20キロメートル)アラビアンナイトの時代をそのまま彷彿させられるような正面入口に到着する。そこには異種多様なアラブの世界らしいことが、中世そのままに残っている。いわゆるジェイマル・フナについて言えば、(ジャンマールフナ=直訳すれば死者の広場と呼ぶらしい)風情に満ち満ちたカオスがそこには存在する。メディナの中は、完全にマラケシュ市民の生活の場であり、ここにはおよそ30万人が暮らしている。無数の工房や、商店がひしめいており、この広場は、フェズにも見かけることもない、世にも珍しい独特な雰囲気である。中世から祭りや集会などもあったりして多目的に使われたらしいが、イスラムの戒律を破った犯罪者の首をはねたりしたことから、死者の広場と呼ばれているらしい。もちろん市場も兼ねていて、各地から集まったあらゆる産物の交易場所であったことは言うまでもない。

ここで最初に目につくのは、スーダン帽などを被った黒人のアクロバットである。その他、羊の皮袋につまった水を売る水売り商人がいる。蛇使いがインドよろしく笛を吹いている。占い師が何事か判らぬが、水晶玉やカードなどで占いをしたりしている。各種のアクセサリーが山と積まれてもいる。それがジェイマル・フナの風景である。サハラなどから交易をしながら、ここの交易市場、メディナのうちにあるスーク(バザール)で物資を調達していくのでもあろう。遠くサハラを越えて、モーリタニア周辺からも出掛けてくるのである。

ベドゥインの人達が遊牧しながら、羊毛や皮製品や、乳製品なども持ち込んで交易をしていることだろう。とにもかくにも騒然とした混沌の中に恐ろしく活気があって、まるで生きる力を与えられるような気になるのだ。一切の虚飾や遠慮のない真剣な、それぞれの生き様の原点を見た気持ちにもさせられる。虚飾が無く夜空の星を眺めながら、少ない物資を上手に生活に活かして暮らしているベドウィンの遊牧の民は、どこかもっと深遠な人生哲学に基づいて毅然として、人生に立ち向かっているかのように思える。

メディナすなわちスークの中は、まるでアラビアンナイトの時代のように人間くささに満ちている。暮らしをつなぐ通路の天井は、葦のようなもので葺いてあって、そこから光が射し込むときにできる、光と陰のコントラストは印象的である。買い物をするにあたって、価格の交渉も又、限りなく楽しい。これは乾燥した大地に暮らしているイスラムの民に共通しているのだが、物価はあって無きに等しい。すべての取引は相対で値決めがされる。したがって、とりあえず提示される価格の半値などは当たり前で、三分の一になったり、五分の一になったりで、不合理といえばこれ以上不合理なことはないのだが、延々と値段交渉の駆け引きをすることになる。場合によっては、100円値切るのに、一時間とかの時間を費やすのである。旅行者にとってみれば航空運賃や滞在費用、そして休暇をとっているとはいえ、それぞれの時間給を計算したら、百円や千円ぐらいどうでも良い筈なのだが、真剣になって百円でも安くしようとする、その駆け引きが、また楽しいのである。ばかげていると言うならその通りだが、そのような掛け合いの中にこそ、旅の喜びや楽しみがある。スーパーマーケットのような無人に近いショッピングなど便利さはこの上ないが、その点ではこれほどつまらないものはない。たとえ、コストが高くつくとしても人間らしくて面白いのである。商いとは何なのかなど合理性のみの中で価値規範を求めてきた、われわれ西洋社会との違いに考えさせられることは多い。

何故にイスラムの生活は、このような商習慣になっているのかと考えたことがある。大きく分けて考えると、マホメットの教えの中で、持てるものは持たざる者に喜捨をすべしとの教えがあるからだろう。このことによって、売り手は相手の顔や表情を見ながら、おまえは金持ちだから少しぐらい私に恵んでくれ、というのであり、貧しい人には、そんなに必要なら原価を割ってでも分けてやる、といういわゆるザカート(喜捨)の精神が少なからずあるのであろう。

彼らの起源が砂漠の民である以上、物価の決め手になるものは、商品の製造コストによるもののみではなく、必要性によって値決めをせざるをえなかったということも起因するだろう。たとえば、ここに百億円の資産を持つ金持ちがいるとしよう。彼は砂漠の中を旅して、道に迷い、その結果一杯の水がなければ間違いなく死ぬとする局面があるとして、そこに羊飼いの貧しい少年が充分に水を持ち合わせていたら、どのような商談になるのであろうか。水はオアシスから汲んできたものであり、原価はタダだったはずである。しかし、その少年が、商才に長けていたとすれば、どうであろう。その水を分けてもらえば、結果的に命は助かるわけで、大金持ちは限りなく百億に近い金を出したとしても、それを買うに違いない。極言すればそういうことになるのだ。

全ての取引の値踏みはこのような状態の中から慣習として培われ、現在に至っているのではないだろうか。アラブ商人のしたたかさは、このようにして養われたものであろう。OPECの取り決めなどにより、石油不足が心配されたさいに、オレはアラブの世界に顔が利くから、または親しい友人がいるからといって、自分がでかけて行けば石油を安く分けてもらえると安易に考えたら、向こう側は、おまえは友達だから、他よりも高い値段で買ってくれと言うに違いない。そのくらい、我々日本人とはあらゆる面における違いが散見されるのである。

この地域の人々は困窮しているような生活をしている人であっても、決して卑しさを感じさせない、毅然とした表情をしている。バクシーシ、即ち、施しをくれと言っても堂々として悪びれる風はない。無い者が有る者から施しを受けることは当然であって、それが神の意志、すなわちインシャッラーであると、生来理解しているからであろう。言い過ぎであることは承知しているが、喜捨をする機会を与えていることに感謝でもしろと思っているのかも知れない。

話は変わって、マラケシュのメディナからほど近いところには、ムラビト王朝の遺跡が立派に残っていて素晴らしく印象的であるが、何よりも記憶に残っているのは、王族のため砂漠に造られた人工池である。300メートル四方もあるかとおもわれるプールがあり、飲料水としての利用はもちろん、船遊びなども楽しんでいたらしい。雨の殆ど降らないこのような場所だからこそアトラスの山から、導水してこのような池を造っていたのであろう。発電や農耕のためではない舟遊びのプールとしては最大クラスのものであろう、なんと贅沢なことか。もちろん、モザイクで装飾された王宮や、その他の建造物は当然のように素晴らしく美しい。歩くのもよし、観光馬車に乗って優雅に愉しむも良しである。

マラケシュの新市街は、近代建築がにょきにょき立っているイスタンブールのタキシム地区などとは違って、上手にイスラムの古都の雰囲気にとけ込むようにデザインされたとても優雅な市街地である。ここには欧米の一流ホテルが緑の中にイスラム様式美で装飾され点在しており、フランスの保護領だったことがあって、フランス料理など、けっしてパリに引けを取らないほどの内容である。GATTの国際会議なども開かれているが当然であろう。

地中海太郎

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