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  スペイン雑感
スペインの中でもアンダルシアという言葉は日本人にとってとても耳慣れた響きがあり、旅情を誘うが、確かにここには我々日本人から見たスペインのエッセンスが詰まっているようである。しかし、「スペインとは」と聞かれても、ひとことで形容しがたいのであって、単純にアンダルシアがスペインを代表しているともいえないだろう。

此の国の地域を大別すれば、カタルーニャ地方、アラゴン地方・カスティーリャ・ラマンチャ地方、バスク地方、ガリシア地方、そしてアンダルシア地方である。

そのうちカタルーニャ地方は地中海に面し、またフランスと国境を接していることもあって、人柄も言葉も少し柔らかく、スペインのなかでも少し軽やかな感じで、他の内陸とはちょっと違う感じである。商工業活動が盛んで、その柔らかさの内に、目から鼻に抜ける商才が隠されており、したたかさを感じる。

カスティーリャ・ラマンチャ地方については、ラマンチャは荒涼として乾燥しており、どこまでも石ころだらけの大地が一見不毛の土地のようなイメージを与え、ふしくれだった大きな手と素朴にして頑固そうな人達の土地という印象がある。抜けるような無窮の青空が一年を通して覆っており、しかも虚無を思わせるに十分な絶望的な大地なのだ。

カスティーリャ地方には、バリャドリッド、アビラ、セゴビア、サラマンカ、トレドなどの古都が含まれている。カスティーリャには、バルセロナを中心とするカタルーニャ人とは別な意味の気品と威厳に満ちた顔立ちの人が多い。風景はアンダルシアとは全く異なっている。もちろん特別区ともいえるマドリッドがその中心にあるわけだが、セコビアやアビラなどのカステーリャ・レオンを別にすれば、南のカステーリャ・ラ・マンチャなど、それを取り巻く台地はほとんど焼けただれた灼熱の石ころだらけの土地である。北のブルゴスは、バスク、ナバーラ地方に隣接するカスティーリャの最北の地であるが、夏は40度を超し、冬はマイナス20度にも達する過酷な大地である。

そのような風土の中ではひ弱で曖昧な生き方は許されない。剛直で厳格で喜怒哀楽を隠し込んで、遠くを凝視するような気質の人が育つのは当然である。永年かけて、心が通じ合わなければとりつくしまがない感じの気質が育まれる。アンダルシアの人達とは対極にあると言っても良いだろう。

バスク人は、アンダルシア、カスティーリャ、カタロニアの人々とは完全に違っていて、これがスペインなのかと反問せざるを得ないほどであって面白い。バスク地方はピレネー山脈のふもとに位置し、北側のフランスにもまたがっているが、ピレネーの恩恵があると見えて、緑と雨に恵まれた日本的風景の広がる豊かな山麓地方である。独特の言葉を話し、民族的にはコーカサス(カフカス)山脈辺りからドナウ川沿いに北上した古代ケルト人の末裔ともされていて、その謎は世界の七不思議ともされている人種である。四季の変化や風光の豊かさが感情の豊かさを育んでいるようで、古来からの日本人の持つ良き特性に近いものも感じる。

ここの中心都市はサン・セバスチャンで今はバスク語でドノステアとよばれる。全スペインのなかでも最も穏やかで落ち着いた風情に満ちた、そして気品ある街である。緑豊かなバスク地方はビスケー湾で採れる魚介類の幸に恵まれて食文化についても格別洗練されている。アルサックなどというフランス料理に原点を持つバスク料理は是非にも訪れたいものだ。

ガリシア地方は、古くから聖ヤコブの聖なる遺物のある巡礼の街、サンチャゴ・デ・コンポステーラのある地方だが、中世ヨーロッパのカトリック教徒にとっては、生涯に一度は訪問、巡礼すべき場所として、あらゆる方面からの道が開かれており、今でも信仰心の篤い、穏やかな人達が暮らしている。此の地はブルゴスやレオンの山越えをしなければ行けない、他のスペインから隔絶された地方である。風土は緑とリアス式海岸に特徴がある。アストリアス地方やバスクを結ぶカンタブリア地方のビスケー湾沿いを通じてのバスクと共通する部分はあるものの、それともやはり違うのである。1990年頃この辺を目的もなく1週間ほどドライブをして、あたりの農村を巡ってみたが、素朴だが心優しい人情はすぐに伝わった。

海岸線は本当に日本の風景に似ている。内陸部はこの地方の州都であるレオンの間に横たわる山地がほとんどで条件の悪い開拓地の風情の土地柄である。山に自生する樹木は全てユーカリのみと断定しても良いくらいだ。

ナバーラからリオハかけては牛追いで知られるパンプローナの街を除けば印象深い街はないがムルシア州とならんで野菜の美味しい土地柄である、とりわけ白アスパラが有名で畑一面がアスパラの白さをまもるために覆土されている。ちょっと見た感じでは種を播いたばかりの畑とみまちがう。ヨーロッパ人の好むアスパラは太陽の光線を受けたアスパラが緑になることを避けるため、伸びた部分に伏土を何度もするのである、そのようにして白いアスパラガスを育てている。

リオハのワインについては格別に有名である。、スペインのワインといえば誰でもリオハの赤ワインと答えるに違いない、へレスのシェリーと双璧をなすものだ。アンダルシアは、日本人がスペインを思うときに想像するフラメンコ、ジプシー、闘牛などがあるが、これはアンダルシア特有の文化であって、スペイン全体に共通するものではないと知るべきである。もちろんマドリッドでは一流のフラメンコが見られるし、闘牛はスペイン中どこでも開催されている国民的アミューズメントであることに変わりはないが、それらのスペインを代表するイメージはアンダルシアにその源があるのである。

黒い髪に花ぐしをさしたジプシーの娘、そしてその踊りを盛り上げるギターとカスタネット、盛り上がるほどに激情に身をくねらせる踊り手たち、狂熱のリズム、この雰囲気こそスペインであると言えなくもないが、、、、。われわれ日本人がスペインを思い描くときにはそのような情景を思い浮かべる。

今のイラクのバグダッドに都のあったアッバース朝とシリアのダマスカスにあったウマイア王朝との内紛で、ダマスカスのウマイヤ王朝が国を追われて、カルタゴ周辺のカイルアンやモロッコのムラビト朝などのイスラム勢力、いわゆるモーロ人と呼ばれる人達を教化しながら、ジブラルタルを越えて、スペインに侵略し、アブドゥル・ラーマンU世の時代にコルドバにその都を築いた。その後15世紀最晩年頃まで文化の華を咲かせ、当時の世界に冠たる影響を与えた、その地方こそがアンダルシアなのだと言えるだろう。セビーリャ、グラナダ、コルドバやマラガなど我々にも馴染みのある町は、これらの歴史に含まれる都市である。

歴史は浅いが世界的リゾートのコスタ・デル・ソルでは、ミハス、ロンダ、マルベージャなどが、陽光とオレンジと海の色で、限りなく旅人を誘っている。この地中海沿岸だけでスペインの観光旅行が十分に組めるほどである。

アンダルシアへの旅とマドリッドやトレドとバルセロナ訪問を加えればスペイン通となるわけだ。だが前にも述べたように、グラナダなどの世界遺産はあるとしても、アンダルシアはスペインの一部であるに過ぎない。スペインは広い。知れば知るほど多くの文化遺産の上に展開されるこの国土の偉大さを痛感することになるであろう。

私が最初にスペインを訪れた頃は、電車の便はもちろん、車でドライブするにしても舗装道路は整備されておらず、土ボコリの道を今の何倍もかけてドライブしなければならなかったのである。しかしながら、幹線道路はバルセロナオリンピックを境に見違えるように整備された。また、最近顕著に感じる事はあの赤茶けた石ころだらけの乾燥地にも各地に灌漑ダムが造られ、大がかりな灌水設備によってこれまた見違えるように耕地が拡大されている。これほどに面目を一新した国もあるまいと思われる。オリンピックとセビリア万博をひかえた頃のマドリッドのアトーチャ駅やバルセロナの空港は、工事が遅々として進む様子もなく、工事の完成を訝っていたが、仕上がりは相当に立派なものになっていた。最近になってスペインに旅行された方には、以前の姿が想像もつかないほどであろう。

地中海太郎

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