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カディスからミハスを抜け、コスタ・デル・ソルへ |
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960年代の後半、アメリカの留学の帰りにカサブランカを訪れてみたいと思い、それを実行した。その帰途タンジールから船でカディスに上陸したのであるが、それが私のスペインへの第一歩であった。以来、スペインに惹かれてすでに15回以上訪れている。
カディスは遠洋漁業の基地もあって、セニョリータがうろ覚えの日本語で頻繁に声をかけてくる。聞くところによると、グランカナリア諸島のラス・パルマスには日本からの漁船団が入り込んでいて、その玄関先の役目を果たしているらしい。近くにはシェリー酒で有名なヘレスの町がある。重厚な石畳の道にはシェリーで富を築いた酒造家の屋敷が続いており、世界に冠たる食前酒のシェリーの街だと感じたことである。
以前にスペインに留学したことがある家内から聞いて、ヘレス近郊にプエルト・デ・サンタマリアという小さな漁村があって、土地の食べ物(魚介類)をふんだんに食べさせてくれる屋台村があると聞いていた。週末になるとまわりの町や村から家族連れがやってきて、夜遅くまでたいへんにぎわう場所だとの事だったので、昨年の2001年に近くのへレスまで出張した折に立ち寄ってきた。最近でもよくスペインには行くのだが、商用などでマラガ周辺のコスタ・デル・ソルには滞在するが、敢えてプエルト・デ・サンタマリアは少し不便でわざわざ物見遊山のために行く気にはなれなかったのだが、ここは魚好きの人には是非立ち寄るべきところと痛感した。この町は日本では無名に近いが、スペインが海洋に覇をとなえた頃から出世した船主たちがその余生をすごす土地として有名なのである。余程好漁場に恵まれているとみえて港や河口には大型のフイッシング・ボ−トが無数に係留されていて、温暖な気候とあいまって長期に滞在したいと思わせるに充分である。シェリー酒で有名なへレスにも近いので裕福に思える醸造家の町並みも重厚な印象があり訪問すべき穴場ではある。
最南端のジブラルタル海峡に面してアフリカ大陸に最も近いアルヘシーラスの町があるが、いかにも国境の町らしく、混沌とした喧騒が支配していて、それなりに心ときめくものがある。7、8年前にパリ・ダカールラリーの都市間移動のツーリングと遭遇し、マラガから彼らの列の中に入り、アルヘシーラスからそのままフェリーに乗り継いでカサブランカまでの500Km近いドライブをラリー車に混じって走ったことがある。
その時カサブランカでレース出走のレーシングオーナーである宇治オートの古後郁雄社長と出会った。パリ−ダカールの栄あるオーナーコートに身を包んで衛星通信によりドライバーに指揮をする古後氏の晴れ晴れしい姿が今でも瞼に焼き付いている。出会いの場所は映画カサブランカで有名なホテルであった。名画カサブランカのシーンを再現したカフェで、ピアノ弾きがいてトレンチコートの男があらわれて来る映画のシーン通りの雰囲気の中で話が弾んだ。翌日、カサブランカには既に何度か行って町の様子を知っている小生の運転で町の中の混雑をくぐり抜けて氏を案内したところ、その道の大家である古後氏から、運転の器用さをたいそうほめられ、今でも自信となっている。以来、ご交誼いただいている。
近くにタリファという小さな町があるが、かつてジブラルタル海峡を通過する船舶から通行税を徴収した町タリファが、タリフ(関税の意味)の語源ともなっている。ここはジブラルタルの海流が大西洋に合流する地点であるが、その影響からかものすごく風の強い場所としても有名である。何百基とも見える風力発電装置(ウィンドファーム)は、私の知る最大クラスのものと記憶している、デンマークなど北海沿岸のそれも大規模ではあるが、タリファのものは印象的である。
そこからアルヘシーラスの町を抜けて少し東に行くと、ターリックの岩で知られるジブラルタルの町がある。ゴルフ場が2〜3カ所とれるかどうかの狭い区域が英国領になっていて、パスポート無しではここには入れない。カルタヘナに本拠をおくスペインの無敵艦隊が大英艦隊にその位置を奪われた残滓であろう、ここを通らない限り大西洋から地中海には出られない、スエズ運河とならんでもっとも重要な海の要所である。ここに大砲を据えられたらいかなる船も許可なくは航行出来ないであろう、無論これは戦時下のことであるが。
そして対岸のモロッコ領内にセウタというスペイン領があり、ここは面積もかなり広く、モロッコ領から入ると、途端に完全なスぺインがあり、国境というものについて、否が応でも考えさせられる。
コスタ・デル・ソルは、マラガから200Km前後に位置するエステポナという町から、マルベージャ、マラガを通ってネルハまでの間を指すが、この地域は世界で最もくつろいでバカンスを楽しむに良いリゾートといえるだろう。
マラガへ行く途中のマルベージャは三重県の津市で開業医をしている藤田謹司先生夫妻と知り合った思い出の地である。この周辺一帯は、シーズン中は、北欧やドイツから太陽を求めて南下してバカンスを楽しみにやってくる旅行者であふれている。また、プエルト・バヌース港のアラブの石油成金や王族の別荘や係留するヨットの豪華なことといったら、世界でも例を見ないほどの土地柄である。その他、近くにはリルケが世界で最も美しいと形容した闘牛の発祥地といわれるロンダの可愛い町があり、また高台の町ミハスなどは、若いお嬢さん方に人気のありそうな町である。マラガはピカソの生まれ育った町であり、歌に詠われたマラゲーニャとはマラガのお嬢さんという意味であるとのこと。
30数年前すなわち1970年の少し前に初めてスペインに入ったときは、マラガからグラナダまでは、アンテケーラを通って砂利道を5、6時間も要したが、バルセロナのオリンピックが始まる頃からスペインは全土において道路網が整備され、面目を一新した感じである。今ならマラガからグラナダへは2時間もあれば十分である。ネルハはコスタ・デル・ソルの終わりである。断崖に位置するリゾート地であるが、途中にアルメリーヤの町がありここからチェニジアやアルジェリアなどにフェリーの便が良くにぎわっている、またこの周辺は冬も暖かで温かくてハウス栽培の必要は無いように思えるのだが温室トマトの栽培が盛んで、地中海沿岸をひと回りしてもこれに匹敵する場所はいまだに知らない。
ここからカルタヘナを経て、アリカンテまでは格別な観光的価値は認められない。仕事の関係もあってマラガからバルセロナまではドライブだけで6往復ほど走っているが、次章では、アリカンテ、バレンシアからバルセロナまでの間をレポートする。その前に行程を少し戻って、セビーリャやコルドバ、グラナダの街について、そしてマラガからマルベージャなどの街についても少し詳しく記述すべきかと思う。
地中海太郎
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