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バスクからカンタブリア海をガリシアまで |
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スペインはカディスから始まってコスタ・デル・ソル(太陽の海岸)、コスタ・ドラド(黄金の海岸)、コスタ・ブラバ(勇者の海岸)そしてコートダジュール、リヴィエラを経てティレニア海、イオニア海、アドリア海からギリシャ、トルコ、シリア、レバノン、さらに北アフリカのエジプトからモロッコに至るまでのいわゆる地中海沿岸について記述しようと思っていたが、地中海からは外れるが、少し範囲を広げてビスケー湾に沿ったフランス南西端のバイヨンヌ辺りからポルトガルの大西洋岸を経てカディスまでも加えることにした。これにより、イベリア半島の全海岸線を走り抜けることになる。イベリア半島の地中海沿岸以外についても記述することで、地中海沿岸地域と大西洋岸地域を対比させることもできると思われる。
スペイン国境に位置するバイヨンヌ、バスクからドライブをしたシントラ、リスボンまでをこの章の内容とする。
平地の沃野に重々しい町並みを見せるボルドーから車で1時間位で、バスク人の街バイヨンヌ、そしてビアリッツに入る。ビアリッツは清潔でとてもきれいな可愛らしい小さな街である。日本の若い女性たちが好みそうな街で、一度は訪ねてみたい場所である。そこから車で30〜40分も走ればスペインのサンセバスチャンに着く。この街を訪ねたのは3度であるが、叶うことなら、この街に生まれ住み着きたいと思わせるものがある。
スペインの街の中でも特に気品に満ちて海山の幸に恵まれたサンセバスチャン(今はバスク語でドノステアと呼ぶ)は、バスク地方の州都でもある。王政華やかなりし頃の夏の離宮があるところであり、マドリッドを中心とするカスティーリャ地方やアンダルシアのような酷暑はなく、気候も凌ぎやすい。四季の変化もあって、スペインに対して持つ乾燥した大地というイメージはない。概してバスク地方では、緑の豊かな日本の地方都市にいるのではないかと思われるほどに自然がある。
通常日本人がバスク地方について知っていることといえば、バスク解放戦線などの政治的テロル、そしてテレビなどで取り上げられる素朴な丸太切り競争や力比べ大会などであろう。しかし、他にもまだまだ知られていないバスクの良さはいっぱいある。
サンセバスチャンからビルバオを経てサンタンデールに至るバスク地方はスペインで工業地帯特有の喧騒を除けば、最も豊かな経済を持ち人々の暮らしにも余裕と誇りがあり、生活空間も美しくとても快適な場所である。食べ物も格別に美味しく、ワインもボルドーが近いので良質のものが格安で手に入り、まことにうらやましい場所である。加えてビスケー湾でとれる魚介が豊富なのと、フランスに接しているせいか、フランスの料理やサービスがスペイン風にアレンジされて、言うこと無しである。
サンセバスチャンは私の今までの旅行で探し当てた最もお気に入りの都市である。マドリッドやバルセロナなどの主要都市をめぐり飽きた方には、私はここを訪れてみることをお薦めするいまやスペイン料理の出し方としてタパスが普及しているが、これなどもサンセバスチャンが発祥の地であると聞く、アルサックなどの名店もある。東京神宮前のスペイン料理店ポコ・ア・ポコのオーナー夫妻も先年サンセバスチャンを訪れて以来、その虜になったように思われる。私自身イタリアと並ぶくらい何度もあの大きなスペインの全土を縦横に走る道をドライブしているが、ポコ・ア・ポコの夫妻のスペイン好きとスペイン事情の明るさにはとても及ばない。
さて、サンセバスチャンを過ぎて、ビスケー湾沿いにカンタブリアを西に進めば、ビルバオ、サンタンデールと続くが、この地域はスペイン内戦などの戦争によって激しい空爆を受けた土地であると聞く。今は近代工業化されてスペインの経済の根底を支える重要な地域である。いわく、ビルバオ銀行やサンタンデール銀行などは全スペインの金融を支えている。
バスク地方について語るとき、バスク解放戦線の存在を切り離しては考えられない。フランコ政権以前はバスク語が公用語であり、フランコ総統によってバスク語の使用が禁止され、フランコ没後の現在では再びバスク語の教育が盛んに行われている。これはバルセロナにおけるカタルーニャ語復活とも共通している。
豊かなバスク人は、自分たちは生活の厳しい灼熱のアンダルシアや内陸中央の赤茶けた乾燥した台地ラ・マンチャのために納税しているのではないと言い、納めた税金は自分たちで有効に使いたいと主張している。これは、ちょうどイタリアの北部地方が南イタリアに対して持つ不満と同じように思われる。
余談になるが、緑多いバスク地方には立派なゴルフ場があり、マスターズで優勝したセベ・バレステロスやオラサバルもこの地の出身である。小生もゴルフ場を訪れたが、コスタ・デル・ソルなどにある観光地のゴルフ場とは違い、完全にメンバーへの同伴が求められる格式の高さで、ビジターとしてプレーはさせてもらえなかった。
サンタンデールのカンタブリアを出てアストリアス地方からラ・コルーニャに至る海岸線の道は単調で、特別な感慨はない。敢えていえば、ビスケー湾からの風が相当強く小さな自動車で走っていると、風に持って行かれそうになることであろうか。毎日強風が吹きつけるわけではないにしても、風の通り道であることは周辺の景色や様子からも察せられる。(オビエド周辺)
ラ・コルーニャでは途中山越えをしたが、全山ユーカリの樹木に覆われていると言っても良く、ユーカリ特有の香りの中を進むことになる。ラ・コルーニャはかつて、青の時代前のピカソも滞在したところであり、スペインの最北西端に位置し、ビスケー湾と大西洋に面した街である。魚介類の幸に恵まれた古くからの街であり、ゆっくりと滞在するのも良いと思われる。ラ・コルーニャの情景として、海岸に面して立つ家々、アパート群の風よけのガラス窓が太陽の光を受けてキラキラと輝く一種独特の雰囲気のある光景を忘れることができない。これは、マンションのベランダ全面をガラス窓で覆い尽くした感じと言えばわかりやすいと思うが、想像するに、強風よけのためと、冬の太陽の恵みを効果的に取り込むためのものであろう。
ラ・コルーニャから、カトリック教徒の巡礼の地として世界的に名高いサンチャゴ・デ・コンポステーラは車で30〜40分の距離である。古くから巡礼者を惹きつけたこの地に至る道は、内陸に向けてあらゆるルートがひらかれている。
ビゴはポルトガル国境に隣接する漁業の街で、エル・コルテ・イングレスといったスペイン最大のデパートもある地方都市である。坂道の多いちょうど長崎のような地形であり、スペインを代表する漁業や水産加工の盛んな土地である。目抜き通りの街路にはさくらの並木道があり、これは水産業などを通じて日本との親睦があるためなのかと想像している。(桜の満開時に訪れたことがある)
地中海太郎
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