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サルデーニャは四国よりやや小さい地中海の中心に位置する島で、ヌオーロから南東にかけての峻険な山塊を別にすれば、比較的なだらかな高地に有史以来もっとも古いと言われる牧羊を営んでいる。この島は、ヌラーゲに象徴される5000年にも及ぶ先史時代からの歴史を持ち、フェニキアやカルタゴ、そしてローマ帝国やスペインアラゴンなどの侵略を受けたのである。すなわち、侵略の暴虐が常に海からやってきたことについては前に述べたとおりである。したがって、海を恐れる気質が育ち、海岸線に集落を設けないで、内陸へ内陸へと、海からの侵略者を避けて生活の場を移してきたのであった。
このように集落が形成されていく過程で、更にサルデーニャ人同志の中で悪事を働くものたちが村から疎外され、もっと奥地へと追い立てられ、山中深く住まざるを得なくなっていったのである。彼らは山中に横穴を掘り、生きるために次第に山賊行為や略奪、誘拐などを働くようになっていった。近年までそのような事件が絶えなかったように聞くが、今では山賊行為が、時々発生する程度にまで減って、比較的穏やかになりつつあるように思われる。したがって、サルデーニャの恥部とされてきた陰の国と呼ばれることも次第になくなりつつある。ここでは麻薬などマフィアとのつながりも比較的薄いのである。
私はこの島に素朴な郷愁を覚えて、また、取引先がここにあることもあって、何度もでかけているが、サルデーニャの名誉のために敢えていえば、この島の人ほど朴訥寡黙で実直な人々は他のイタリアのどこにも居ないと言える。シチリア人とは似ている部分はあっても心根もやさしく信頼できるのである。ナポリなどの調子の良い無責任さとは対極にあると言って良い。北イタリアの人々は信頼できて洗練されているが、素朴さにおいて剛毅さにおいて違うのである。
1985年頃に最初に訪問したときは「陰の国サルデーニャ」の印象が強く、ヌオロなどで当時見かけた黒づくめの婦人の服装などにより、いささかたじろいだりしたが、今はゆっくりくつろいだ気分で旅ができる。スリなどの犯罪もあまりないのだ。最近あまり見かけることの少ない黒ずくめの衣装は,ポルトガルの魚港の町ナザレにも見られる独特の衣装であるが,その由来は海難によって喪服を脱ぐひまもなく不幸が次から次へ降りかかったことによるとされている。サルデニアにおける黒づくめの衣装もこれに似た理由があったと聞いている。
話が変わって、旅行者にとってイタリアほどスリや置き引きなどの窃盗の多い国はないと言える。ご存じのようにイタリアという国は、国中が博物館とも言える史跡の宝庫であり、ヴェニスやフィレンツェ、ローマ、ソレントなど世界中から観光客が訪れてくるのだ。観光客たちはおしなべて消費するためのお金を大事に身につけて旅をしているわけだ。そのことはスリなど盗みを働く者にとっては格好の標的なのである。そして世界中は日本のように平和ではない。戦乱や政治的理由で国を逃れた人達、また追われた人たちは、アルバニアから、ルーマニアから、そしてユーゴスラビア、また旧ロシアの国からイタリアに入ってきている。言葉の違うイタリアに来て、定職にありつけない難民とも言える人達が無数にいるのである。むろん、他のヨーロッパ中にもいるわけだが、泥棒で生計を立てている者は数えきれないくらいである。ジプシーもこの中に入る。
そのような国情にあっては、わずかなスキでさえも見逃してくれない。すなわち、イタリアにおける犯罪をする人達の大半はこのような背景によるものである。もちろん、すばしっこいイタリア野郎の盗人プロ集団がいるのも間違いないが。私自身被害者になりかけたことはあるが、実害は受けていない。しかし多くの旅行者から被害の話を聞いており、ただならぬ事と感じている。
地中海太郎
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