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  地中海のラビリンス(迷宮都市)について
近代の都市設計は機能性、経済性を追求するあまり、巨大ビルディングや箱形の定型化された郊外団地などを生み出してきた。これは、土地の有効利用や車社会であることなどを考えれば、ある程度やむを得ないのかも知れない。しかし、この近代の町並み形成に見られる雰囲気は、どこに行っても同じように、索漠としている。整然としているのは確かだが、どこか冷ややかな感じがあり、ツンとしてつまらない。碁盤の目または、放射状といった土地の有効利用と、大量生産しやすい都市設計は現代には合っているのだろうが、人と人との交流などにおいて、個々のプライバシーにこだわるあまりなのか、社会から隔絶されて疎外されたような人達を多くつくり出している。

アメリカに見られる郊外住宅などは、各戸毎に、きれいに整備された芝生に囲まれて建ち並び、また道路は計画的に造られており、整然として我々日本人から見ればうらやましいと思えるほどであるが、あまりにも個人個人の生活が、他と完全に分離されているがゆえに、病的なくらいに自己のプライバシーにこだわる人を増加させる結果となって、全体としての町の住み心地には冷たいよそよそしさがあるようで問題なしとはいえないだろう。

誰にでも経験のあることだとは思うが、町を散歩したり、生活をした場合、仮に碁盤の目とか放射状など直線で区画された道路の場合、一度どこかの角で左右に注意を払えば目的地まで簡単にたどり着くことになる。仮に1Kmの道を歩くとき、900m地点で右に折れて100m歩けば目的地に着くとするならば、最初に900mの直線を歩くことになる。この場合歩き始めたときから900m先はどの様な状態かは当然視野に入っているわけで、ただひたすらにとりあえず900mを歩くことになる。900m地点に達して初めて右に角を曲がり100m先に行くのであるが、歩く楽しみはこの1回しかないことになる。角を曲がったらその先に何があるのか、どんな風情の町並みなのか、はたまた角を曲がったら、途端に絶世の美女や美男に会えるかも知れないなど、このような不可知な多くの機会に巡り会えるような散歩道こそが生活の場における楽しみを与えてくれるのである。

こころみに、今、散歩を始めようとするが、そのコースを京都の清水坂から三年坂(産寧坂)を下がって、高台院を経由し八坂神社前に抜けるとしたら、事は明白になる。自然の地勢のままに左右に道が曲がりくねって、それに坂道が加わることによって、町のたたずまいが立体的、かつ重層的になって、視覚的にも風情が増し、角を曲がる度に、その町並みに変化が加わるのである。角を曲がった途端に舞妓さんたちに出会うこともあるかも知れない。坂の途中でおもしろい店を見つけるかも知れない。散歩することが一層楽しくなるのである。これに対し、三条や四条の大通りを西から東に直線に歩くということになれば、10分もすればつまらなくなることだろう。

地中海のラビリンスとは、迷宮都市という風に訳されているが、イスラム世界を含めた地中海全体に及ぶ生活の場に共通した都市構造(町の構造)である。フェズのメディナ(スーク=バザール)におけるそれなどは、ガイド無しでは一生その中から抜け出すことが出来ないといわれるほど、複雑な構造になっている。しかしながら、ラビリンスと京都の三年坂との対比については、散歩が楽しい、場に無数の変化がある等の点では共通しているのである。

この地中海のラビリンスは、傾斜面に建設されたときは特にその特性が発揮されて面白い。平坦地に作られた場合でも、横町の小道や行き止まりの道などがあったりして興味をそそる。歩き疲れてくる頃には、ところどころにパティオ風の休憩所があり、この町を眺められる休憩所は、ほとんどが住民の共同の広場を兼ねており、日がな一日チェスを楽しむ老人や、政治談義や井戸端会議などができる仕掛けになっている。これは結果がそうなっているのではなく、地域の住民のコミュニケーションを必然的に大事にするためのものであり、歴史の持つ知恵を感じさせてくれるのである。

このラビリンスの原型はフェニキアやギリシャの文化から始まって、イスラムの文化と混交することによって、より複雑、精緻なものに変わってきたように思える。この地域は乾燥地帯でもあり、比較的、河口に大がかりな扇状地が形成されていなくて、海岸線などの堅い岩盤の上に残る緩やかな起伏を上手に取り込んだ町づくりがされている。ただ単に自然環境がそうであるというだけでなく、歴史始まって以来の、地中海を舞台にした興亡の歴史が、故あってそのようなラビリンスを生んできたのではないだろうか。

内陸では比較的平坦な場所で、しかも交通要衝などに適した所に大規模な都市が建設された場合も数多くある。これはオアシスが盆地や山の麓などに形成されるため、当然のことと言えるかも知れないが、その場合でも、中心には交易所や集会所を兼ねた広場を作り、それを取り囲むようなメディナ(スーク=バザール)が張り付いている。メディナの中は、決して直線による区画はされておらず、行き止まりの道があったり、意図的な曲線等によって、道が単調にならないようになっている。

この点を考えると、ローマ帝国による町並みが直線により整然とできているのとは趣が異なっている。広場や劇場などの公共的ふれあいの場を形成しようとするイスラム風の細密な意識は、それを上手に取り込んできており、心のふれあいがより濃密にとりやすくなっている。部外者には、判りがたい町の構造は、そこに定住する住民には落ち着いた居心地を提供しつづけているに違いない。交易の中心を為す広場は、したがって、部外者もすぐにたどり着ける構造になっている。また、商用の場であるスークと居住用のスペースとは接しているものの、直接に出入りできることはなく、部外者が立ち入ることのない場所から秘路となってつながっているのである。これによって完全に各家庭のプライバシーが守られている。

ヨーロッパ側の地中海に面する南仏やイタリアなどに見られる都市や小さな魅力的な町は、たいてい、グレコ・ローマン時代の都市設計をビザンチンやアラブ、イスラムの様式に改修、手を加えることで一層魅力を増したものにしていると言えまいか。イスタンブール、ヴェニス、レッチェ、パレルモ、タンジール、グラナダ、タラゴナ、ニーム、ニース周辺、サンレモなど、果てしない数の魅力を持つ都市がそのような影響を大きく受けているのである。フィレンツェにしてみても、フィレンツェ独自のルネッサンス風ということはできるが、ブルネルスキーによって建てられたキュポラのある花のドゥオーモなどはビザンチンの影響なしでは考えられないものである。アマルフィやポジターノなど、世界的都市景観の極致とも言える町も同様である。

大都市になると人々の暮らしぶりも違ってくるので、ラビリンスのみでは不便が生じてくる。トリノやそして十字軍の遠征基地だったバーリの町に関していえば、始めに都市設計が明確になされ、堂々とした機能性の良い仕上がりの素晴らしい町であると言えよう。しかし、私見では、ビジネス以外を目的にした旅行者として、これらの町ほど、散歩するのにつまらない町はない。

トリノの町は産業に恵まれてイタリア屈指の裕福な町であり、町のたたずまいは、壮麗バロック様の堂々とした造りであり、個々のレストランやカフェ(バール)などの装飾についても、とても洗練されており、イタリアでも屈指の上品さがある町に違いない。二度三度とこの町を訪れると、それでも訪れるほどに飽きが来るのである。私は近年仕事の都合で、この町あるいはニースを拠点に動くことが多く、トリノについては知っているつもりだが、どこを歩いても立派な建物とアーケ−ドが一体となって、非常に便利で暮らしやすいと思われるのに、町を歩く面白味に欠けるのである。最初に受けた感じは、なんと素晴らしい立派な町だと思ったのであるが....。これはナポレオンの義弟だったミュラ将軍によって造られたバーリの町ともほぼ共通した印象である。

いかなる天才が設計した都市であっても、その天才一人のみの頭脳には限りがあって、全ての条件を満たすことは所詮無理なことであろう。むろん近代のルコルビジェなどの天才による素晴らしい建築も、人民が暮らすあらゆる居住性についての評価は時を経てみないと真に評価しきれないものである。建築物は、ほんのわずかな空間に残すモニュメントにすぎず、幾星霜にわたって建設され、維持、改修の上に立って現存しているものの中にこそ、本当の意味の快適さというものがあるのではないかと自問しているのである。

その意味で、ローマやビザンチンなどの都市設計および建築技術を取り入れたイスラム風の「人のふれあい」「やすらぎ」を大事にする町づくりこそ、現代の「東京ビル砂漠」や「ニューヨーク摩天楼砂漠」に求められるものではなかろうか。

一度、フェズやマラケシュのメディナを訪れてみることをおすすめする。そしてイタリアではアマルフィの海岸にゆっくり滞在してみると良い。きっとラビリンスについての答えが得られるものと確信する。

このような、さまざまな顔を見せてくれる美しいこの島の旅情をじっくりと味わいたいものである。

地中海太郎

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